歴史ヒストリア 0913 鑑真と唐招提寺

映像で現地の様子が見れるのはいいところ。
今回英語はありません。

まとめ
唐招提寺は文字通り、唐から招かれた僧が築いた寺
鑑真和上坐像は日本で初の肖像仏像(人間をかたどった仏像)
当時の日本では僧の規律が乱れ、中国から戒律を取り入れる必要があった
日本からエイヨウ、フショウの2人が日本で戒律を教えられる僧を探しに派遣された。
聖徳太子は200年後に仏教が栄えると予言していたが、一方の中国では亡くなった高僧が日本の王子に生まれ変わったという伝説があったらしい。
当時の唐では国民の出国が禁止されており、僧が見つからず、鑑真と会っても、ざまざまな妨害により出国できなかった。
数々の失敗によりエイヨウは亡くなり、鑑真は失明した。
最後は遣唐使の船に紛れ、日本への渡航を果たす。
日本では多くの僧に戒律を説き、唐招提寺を築いた。日本では初の私立寺院だった。
鑑真和上坐像は1980年に中国への里帰りをしていた。
文化大革命で多くの寺院が破壊され僧が追放された後であったが、仏教や鑑真の功績が中国で見直されるきっかけになった。
次回は信長と3つの城だとか。

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2015/10/14 23:22 | 多読(通訳案内対策COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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